●ドスティック駅に降り立つ。日差しが強いが、乾燥していて心地いい。ここでウルムチ駅乗車時から目をつけていた子連れのカザフ人一家に話しかける。彼はコンパートメントで唯一、車掌と北京語でやりとりしており、それを聞き逃さなかったからだ。カタコト同士の北京語で停車時間が約2時間あるということを知り、カザフ人一家と一緒に飯でも食おうかという話になった。カザフ人はタルハンさんといい、貿易商とのこと。
●駅の中にも数軒、食堂らしきものがあったが、導かれるまま駅を出てすぐのところにある近くの食堂に入った。何の変哲もない食堂だが、清潔で平和な雰囲気が漂っている。中国の殺伐とした感じ(笑)はなく、アジアからヨーロッパに来た感覚になる。ここで羊と牛肉のラグマン、ペリメニ(餃子)のスープを頼む(正確にはタルハンさんに頼んでもらう)。味はもう最高にうまく、綺麗に平らげてしまった。しかもタルハンさんにごちそうになった。人民元しか持ってなかったので、「あとで返すよ」と言ったが聞き入れず、「客人にご馳走するのが当然」という顔だったので、素直にご馳走になることにした。
●食後、みんなで駅に戻る。この街は、道路も舗装されておらず、ロシア製の古い車が時折走るくらいの寂れた町だった。駅舎には売店が3〜4店舗あった。車内で飲むお酒を調達しようと、すべての店に入ったがどうやら酒はないようだ。法律で売れないのだろうか。売店で人民元を見せると、おばちゃんは電卓を取り出し、レートを表示した。提示されたレートはたぶんあんまりよくないのだろうが、テンゲ(カザフの通貨)がないのも心許ないので、3000円分ほど両替しておいた。
●駅でまた30分以上待っただろうか。ようやく台車交換が終わった列車がホームに入ってきた。車掌たちは相変わらず、中国人のままだ。土曜深夜初は中国車両による運行なので、終点まで彼らが面倒をみる。この時点で北京時間14時30分くらいだったと思う。カザフ時間では12時30分だ。こうしてドスティック駅を出発。出発直後、線路にはおびただしい両の台車があった。貨物車などもここで全部、台車を変えるのだろう。クレーンで一台、一台、変えていくのか? 想像するだけで大変な作業である。
●出入国審査を終えたのでコンパートメントはもう閉めっぱなしでいい。満腹になった私たちは部屋着に着替えて、リラックスムードでのんびりと車窓の風景を楽しんだ。
●駅の中にも数軒、食堂らしきものがあったが、導かれるまま駅を出てすぐのところにある近くの食堂に入った。何の変哲もない食堂だが、清潔で平和な雰囲気が漂っている。中国の殺伐とした感じ(笑)はなく、アジアからヨーロッパに来た感覚になる。ここで羊と牛肉のラグマン、ペリメニ(餃子)のスープを頼む(正確にはタルハンさんに頼んでもらう)。味はもう最高にうまく、綺麗に平らげてしまった。しかもタルハンさんにごちそうになった。人民元しか持ってなかったので、「あとで返すよ」と言ったが聞き入れず、「客人にご馳走するのが当然」という顔だったので、素直にご馳走になることにした。
●食後、みんなで駅に戻る。この街は、道路も舗装されておらず、ロシア製の古い車が時折走るくらいの寂れた町だった。駅舎には売店が3〜4店舗あった。車内で飲むお酒を調達しようと、すべての店に入ったがどうやら酒はないようだ。法律で売れないのだろうか。売店で人民元を見せると、おばちゃんは電卓を取り出し、レートを表示した。提示されたレートはたぶんあんまりよくないのだろうが、テンゲ(カザフの通貨)がないのも心許ないので、3000円分ほど両替しておいた。
●駅でまた30分以上待っただろうか。ようやく台車交換が終わった列車がホームに入ってきた。車掌たちは相変わらず、中国人のままだ。土曜深夜初は中国車両による運行なので、終点まで彼らが面倒をみる。この時点で北京時間14時30分くらいだったと思う。カザフ時間では12時30分だ。こうしてドスティック駅を出発。出発直後、線路にはおびただしい両の台車があった。貨物車などもここで全部、台車を変えるのだろう。クレーンで一台、一台、変えていくのか? 想像するだけで大変な作業である。
●出入国審査を終えたのでコンパートメントはもう閉めっぱなしでいい。満腹になった私たちは部屋着に着替えて、リラックスムードでのんびりと車窓の風景を楽しんだ。
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